「もしものことは、ふざけなくても、起きるだろ?」

 

―――その一言が、私の中でずっとぐるぐる、ぐるぐる、回り続けている。

 

はあ。

小さな溜め息が漏れた帰り道。

今日のお昼に起こった事件を思い出していた。

屋上の縁を一周、なんて、凄く怖い事をしていた琉夏くん。

何でそんな事するのって聞いたら、それでお昼を奢ってもらおうとしていたんだって。

落ちたら危ないよって言ったら、落ちないよって笑ってた。

だけど、もし―――足を踏み外して、落っこちちゃったら。

そんなの想像したくもない。

琉夏くんに何かあったらって思うと、今でも足が震えてしまいそうなくらい、怖い。

なのに琉夏くんは「もしものことは、ふざけなくても、起きるだろ?」って、後から凄い勢いで屋上に飛び込んできた琥一くんに叱られた時はもう笑っていたけれど、そのちょっと前まで辛そうな顔してた。

どうしてなのかな?

前は、二階の渡り廊下から飛び降りてきた事もあったっけ。

琉夏くんは何で自分を大事にしようとしないんだろう。

無茶な事するのを見たり、聞いたりするたび、本当に心臓が止まるんじゃないかってくらい不安になる。

私の記憶の中の琉夏くんは、大人しくって、引っ込み思案で、今の琉夏くんとあまり結び付かない。

(でも、優しいのは変わってないよね)

だから余計にわからない。

何で危ないことばっかりするのか。

今なんて―――生きてる事なんて、どうでもいいみたいに自分を放り出しちゃうのか。

(って、それは流石に考えすぎかな)

また溜め息が出て、何となく首を巡らせたら、遠くで夕陽を受けた海がキラキラ光っていた。

「わあ」

思わず道路脇のフェンスに駆け寄って行く私の背後から近付いてきたモーター音。

振り返るとSR400に跨る二人組の姿が見えた。

「―――おっ」

先に気付いたのは琉夏くん。

傍でバイクが止まって、琥一くんも「よお」って私に声をかけてきた。

「コラ、また校則違反!」

「会長みたいな事言わないでよ、幼馴染に免じて見逃して」

「細けぇこと言うな、ほっとけ」

「もう!」

ちょっとだけ目を三角にしてみせた私に、悪びれない笑顔を返してくる二人。

仕方ないんだから。

不意に吹いた風が、私の髪とスカートの裾を揺らして通り抜けていった。

琉夏くんの金色の髪もキラキラ光ってサラサラ流れる。

綺麗で思わず見惚れてたら、「何?」って聞かれてビックリして俯いちゃった。

何だか、今、ちょっと琉夏くんの顔を見辛いな。

クスクス笑い声と、頭の上から聞こえてくる琥一くんの「どうした?」って不思議そうな声。

(うぅ)

仕方なくそっと上目遣いで見上げたら、今度は二人が目を丸くして、琥一君はそのままそっぽ向いちゃうし、琉夏くんも急に目を逸らした。

何で?

琉夏くんは遠くの空を眺めながら「もう日が暮れるね」ってどこか遠い声で呟いていた。

二人とも夕陽が当たって、何となく顔が赤い。

「早く帰らないと、危ないよ?」

「うん」

「何なら、送ってくか?」

「え、でも」

「じゃあコウは歩いて帰れ、俺が佳鈴を乗っけて家まで送る」

「はぁ?ざけてんじゃねえぞ、何言ってんだ、テメエが歩け」

「なんだよコウ、そんなに佳鈴に後ろからギュッて抱きつかれたいの?」

「えっ」

ビックリしてバッグの持ち手をキュッと握り締める私。

それと同じ位のタイミングで「はあ?」って大声を出して琉夏くんを睨みつける琥一くん。

「お、おいルカ!何言ってやがんだ!ンなコトあるか、テメエじゃあるまいし!」

「ホントかなあ、怪しいなあ」

「ルカぁ!」

「ハハハ、コウが怒った!」

琉夏くんが急にバイクの後ろからぴょんと飛び降りて、私の腕を引っ張った。

足元がもつれて、ちょっと体当たりするみたいな格好になって、凄く近くなった気配にビックリしながら見上げた琉夏くんは不敵な顔して笑ってる。

背が高いな、当たり前だけど、昔と全然違うよ。

途端琥一くんがますます怖い声でオイッて怒鳴るから、またビクッとなってそっちを見たら、何だかさっきより怒ってるみたい。

二人が本気の喧嘩を始めちゃわないか、ちょっとだけ心配になる―――だって、昼休みも琥一君は琉夏くんのこと怒ってたから。

でも琉夏くんはけろりとしてて、逆に片手をしゅぱって頭の上に掲げた。

「可愛い幼馴染を守るため、ヒーロー参上!覚悟しろスケベ怪人め!」

「テメエ!誰がスケベ怪人だ!」

「問答無用、喰らえ、ルカチョーップ!」

「んだコラ、調子乗ってんな!返り討ちだゴラア!」

チョップにげんこつで応戦の琥一くん。

それを器用に除けて、琥一くんの二の腕にチョップを命中させた琉夏くんは、そのまま私の腕を引っ張って走り出した。

「わ!琉夏くん!」

「はは!成敗完了、逃げろ逃げろー!」

「ちょ、ちょっと!」

「待てコラ!ルカてめえ!」

すぐに追い駆けてくるバイク音。

逃げる琉夏くんと私、転ばないように一生懸命走る!

「オレ!」

琉夏くんが急に大きな声を出した。

「このまま佳鈴家まで送る!」

「えっ」

「そうかよ!」って琥一くんの声が聞こえた。

「ちゃんと送れよ!送り狼するんじゃねえぞ!」

私たちの隣をSR400が追い越していく。

「コウじゃないから大丈夫!」

「ざけんな!」

そのまま、風を孕んだシャツの背中は遠ざかっていった。

何か言う声もすぐバイクの排気音に紛れて聞こえなくなる。

ようやく琉夏くんが足を止めて、その隣で私も、久しぶりの全力疾走にバクバクいってる心臓を押さえながら、一所懸命息を整えた。

二人で暫くゼイゼイしてたんだけど、不意に琉夏くんが笑い出して、つられて私も笑っちゃう。

わけも分からず楽しい気分。

ついさっきまで溜め息まみれでいたのがウソみたい。

やっと落ち着いてから琉夏くんを見上げたら、西日を浴びた琉夏くんは優しい目をして「帰ろう」って私に手を差し出してきた。

「手、繋いじゃう?」

「そ、それはいいよ」

「ちぇ、残念」

ふらりと歩き出す後を私も追いかけて歩く。

二つ並んだ影が私たちの足元から伸びている。

琉夏くんと私。

昔と今と、もう何年も経って、変わったものも色々あるけれど。

(変わってないものも、ちゃんとあるよね?)

だから、私が知らない間の二人の事、凄く知りたい。

琉夏くんが変わっちゃった理由が知りたいな。

その仲でもし、私にもできることが何かあるとしたら―――力になってあげたい。

(幼馴染なんだもん)

それだけが理由の全部じゃない気もするけど。

今はまだ、わかりやすい答えなんか出したくなくて、他愛ない話を交わしながら私たちは海辺の道を普段より少しだけゆっくり歩いた。

 

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